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2009.06.21

「ファド」のライブに行ってきました

昨晩、「ファド」のライブを聞いてきました。ファドって、何?と、聞かれると、初めて聴いたので、説明できるわけではありません。ライブを聴いた観客には、一人一人に、手作りのセットリストが手渡されてました。8ページのもので、パソコンのプリンターで、カラー印刷をした丁寧な楽曲と歌詞を掲載してありました。

ファドというのは、ポルトガルの民族音楽、というか、歌謡曲というたぐいでしょうか?ウィキペディアから、抜粋すると

イタリアにカンツォーネ、フランスにシャンソン、アルゼンチンにタンゴ、ブラジルにサンバがあるように、ポルトガルにはファドがある。主に「Casa do Fado」(Casa de Fadoと記される場合もあるが、Casa do Fadoが一般的)と呼ばれるレストランなどで歌われる酒場の音楽で、主にポルトガルギター(ギターラ)とクラシック・ギター(にスチール弦を張ったもの)(ヴィオラ)(時には低音ギター(バイショ・ヴィオラ)が加わる場合もある)で伴奏される。 日本では、ファドは女性が歌うものとの認識が強いようだが、実際には性別に関係なく歌われる。また、ファドは暗く悲しいものだという誤解をもって紹介されることも多いが、我が町を賛美したり、街のうわさ話などを題材とした陽気なファドも数多くある。 因みに、「大航海時代に帰らぬ船乗りたちを待つ女たちの歌」という起源説は、1974年まで続いた独裁政権の文化政策の中で作られたでっちあげである。アマリア・ロドリゲス(1920~1999)が国民的歌手として国内外で知られ、その人気は死後も衰える兆しを見せない。

と、あります。で、先週に、関西に仕事で、行った際に、フランス語の先生のお宅に立ち寄った際に、スペインと、ポルトガルの違いについての話になりましたが、似ているようで、全然、違う様な事を仰ってました。間違いなく、アジア系な私は、ヨーロッパ系は、。。。。なので、そうなのかな?と、思ったりしました。ポルトガルといったら、サッカー選手の、ルイス・フィーゴ、とか、クリスチーノ・ロナウドとか、ピアニストだと、マリア・ジョアン・ピレシュくらい、あとは、歴史上の人物でフランシスコ・ザビエルくらい、大したことは、知りませんから。

昨日のライブの際にも、ポルトガルからスペインに入った際に、空気感が違う、という話になり、うーむ、ポルトガルなんて、「タコのリゾット」を作るくらいしかできない私ししては、つううか、単純に食べることに関しては、興味あるけれども、他は知らないから、ということが、大きな理由ですね。せっかく、ライブが有るということですから、断る大きな理由もなかったので、聴いたということになります。何度か、ライブで聴いたことが有る、スペインのアンダルシア地方の民族音楽「カンテ」(フラメンコ)とは、違うなあ。ということくらいは分かりますが、具体的に、説明できるだけのものを、もっていません。

結局は、Youtubeにある楽曲を、聴いて頂くのが、分かりやすいです。

ライブ会場は、この動画にあるのと同じ、都内の馬場にあるバール「オーレ」です。バールのオーナーは、生活の中に、庶民の暮らしの中に根付いたスペインのバールという形態でのレストランを追求しています。本来のバールの形は、人々の、生活の中にあり、そこには、お酒もあるし、食べ物もあるし、音楽が有る。と言っても、分かりやすく言えば、酒場ですので、音楽が主体としてあるライブ・ハウスでも、ありません。また、映像自体は、ハンディのデジカメで、ご自身で撮影されているものでもあり、周囲の音も拾ってます。

クラシックのコンサートホールの素晴らしい残響が、。。。。などと言ったことではなく、「レストランなどで歌われる酒場の音楽」としては、この音楽に初めて接する方法としては、その音楽のありよう、その由来とかを、体験するのには、理想的だと思いました。

音楽の形と言うのは、千差万別です。色々なものが有りますが、その音楽の発展した形が、生活に密着した形で発展したものであるならば、その形で接するというのが、本来であるかと思います。スペインのアンダルシアのセビージャや、ポルトガルのリスボンまで行くのではなく、それに近い環境(かなり言いすぎだなあ)で、出会えることというのは、とても、幸せなことだと思います。

「音楽が、水や電気のように我々のいたるところで流れ、音楽のアクセスが一種の「ユーティリティ」になっている世界を創造していただきたい。そこでは音楽はそれ自体無料ではないが、きっと無料のように感じられるだろう。、」(音楽産業の死と再生、音楽はネットを越えるより(ダイビングと旅行)

アマゾンの「デジタル音楽の行方」のコメントを久しぶりに読んでみました。

こんなのがありました。

音楽は本来商品ではなく、体験を提供するサービスである、ということが何度も述べられている。

・音楽は、モノのやり方で扱われるべきではなく、コトであることが本質的であり、本来の在り方。モノの経済性は、初期の持ち出し、高固定費を早期・着実に回収するため、短期間の大量生産、大量流通、大量広告、大量消費を必要とする。コトの経済性は、等身大、細く、長く、しぶとく、しつこくでも成り立つ。

・ライブのプロモーションというかカタログとして、ディジタルフォーマット、ファイルとしての流通は歓迎するべき。
・音楽制作のための損益分岐点はどんどん下がっている。テクノロジー、イノベーションは音楽やる人間にとっての福音。
・音楽の消費のされ方も、人、タイミングにおいて、どんどん単位が小さくなる。むしろ、小さくしていく方が無理が無い。

この書物の展望を踏まえて、音楽活動を続けることだ。

自分に言い訳無く妥協ない音楽・歌の活動を展開し、その音源・楽曲などはどんどんフリーで公開し、濃く、長く続く出会いの確率を高め、 制作においても配信においてもコスト性能が上がるものは積極的に取り入れ、しぶとく、しつこく、長期に亘って続ける。

コトの展開は速い。本書で予感として語られていたことが現実となり、その現実となったことが、かなりなペースで進展している。

未来の行方を示しているのではない。現在こういうことになっているのである。

ファド(ウィペディア)

峰 万里恵(Casa de Marie Mine)

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